2017.4.7 金曜日

小泉武夫さん講演会 2017年3月4日 江戸の健康食(後編) 発酵と日本人の知恵


「繊維質」と「発酵食品」こそ江戸時代の健康食
世界各国の健康長寿村にも同様の「発酵食品」を発見!

発酵食品が豊富に食べられていた江戸時代の食事は、まさにアンチエイジングフードばかり。とはいえ詳しく見てみると、ごぼうやレンコン、つくし、筍といった根菜系の野菜が多く、必ずしも栄養豊富なものを食べていたというわけではありません。しかし、それこそが改めて今、江戸期の健康を支えていたと考えられています。その裏の立役者とも言うべき存在が「食物繊維」です。

江戸時代の書物「料理珍味集」には、食物繊維の際たるものとして食されたものに「紙」が紹介されています。「使い古した奉書紙を3日ほど水に漬け、汚れを落とした後に、ざるですくって”葛”を合わせて味噌で味付けする。これを『紙餅』といい、年中悪病に効く」とのこと。そうした積極的な繊維質の摂取が腸内細菌を活性化し、体全体に良い影響を及ぼしていたことが考えられます。

「当時は、病院も医者も少なく、普通の庶民にはかかることもできませんでした。そのために、自ら健康を保つために様々な食の効果について学び、繊維質の多い食べ物や発酵食品の有効性を発見し、実践していたと考えられます。その江戸時代の食の知恵の1つが、私がかつて『飲む点滴』と名付けた『甘酒』です」

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今、甘酒といえば熱々に温めて飲む「冬の飲み物」でしょう。しかし、金沢医科大学の研究によると、当時の平均寿命は47歳で、夏を越せずに亡くなる人が多かったと考えられています。クーラーのない夏を体力を消耗せずに元気に暮らす、そのために好んで飲まれたのが「甘酒」でした。甘酒は麹菌の糖質分解によって作られるブドウ糖とアミノ酸がたっぷり含まれ、ビタミン B1などのビタミン類も豊富。しかも麹菌のつくるビタミンは、生体ビタミンと呼ばれ外界にさらしても変質しにくいという特質を持っています。これらを総合して小泉さんは「飲む点滴」と称しました。

同様に、麹を用いて発酵させた調味料で、近年注目を集めたのが塩麹でしょう。決して新しいものではなく、江戸中期には既に存在し、特に造り酒屋では麹を保存することを意図して塩をたっぷりと入れ、それを「サゴハチ」と呼んで、魚や肉を漬け込んで食していました。

こうした発酵食品は決して日本だけでのものではありません。小泉さんは世界各国への食紀行において中国で40年ものの「鯉のなれ鮓」に出会い、「最高のアンチエイジング食」と評します。乳酸菌と動物性たんぱく質でできた鮓の味わいは、まさにチーズだったとか。また、同じ村で出会った10年ものの「豚の脂とレバーのなれ鮨」は一切酸化しておらず、その理由を解き明かすために日本で分析したところ、肉に着いていた乳酸菌が酸化を防いでいたといいます。

また大豆を蒸して発酵させたインドネシアの伝統食「テンペ」も紹介されました。それを常食している人は脳膜下出血などが大変少ないことから、その栄養分析を行ったところ、その抗酸化力が非常に強いことがわかりました。通常であれば大豆で3ヶ月で70倍、納豆ですら30倍もの酸化物質が生じるところ、テンペはまったく酸化していなかったといいます。

米と菜食を基本に2つの発酵食品が加わる
医食同源を体現する「和食」の基本

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こうした食の研究を通じて、小泉さんは昔から口伝えされてきた「医食同源」を痛感したといいます。その象徴的な事象が、広島大学名誉教授である渡邊敦光さんのチェルノブイリにおける放射能と発酵食品の関係です。放射能の影響で免疫力が低下する中、あるグループについては免疫力低下が見られなかった。それがヨーグルトを積極的にとったグループでした。

そこで、大学に戻った渡邊さんは被爆させたマウスに味噌を食べさせる実験を行ったところ、食べさせないマウスより放射性物質が排出され、免疫力が高まったことがわかりました。放射性物質により壊死した細胞が、味噌を食べさせたグループのみは再生されていたというのです。

「そう考えた時、放射能をはじめとする人の体に害を与えるものから、無意識のうちに人間は食を選びとってきたことが伺えます。日本人が食べてきた伝統食「和食」もその1つであり、その知恵を絶やすことなく伝えていくことが大切」と小泉さんは訴えます。

その「和食」が成立する最低条件は「一汁三菜」。ごはんとおかずに加えて、「香の物=漬け物」と味噌汁という、少なくとも2つの発酵食品があって成り立ちます。さらに、その内容を見てみると、“主材”として①根菜類の根茎、②菜、③青果(漿果)、④季節の山菜・茸、⑤豆(大豆)、⑥海藻、⑦穀類(米・麦・雑穀)。そして、肉、魚、卵はあくまで“副材”です。こうしてみると、和食の主材は、ほとんどが植物性であることに気づくでしょう。日本人は世界的にも最たる「菜食主義者=ベジタリアン」であるというわけです。

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しかし、食の欧米化が進み、様々な問題が生じているのはどなたもご存知のこと。日本人が最も「和食」を口にしていたのが昭和30年代半ば、現在の医療費は当時の3倍にもふくれあがっています。

その最たる変化が生じているのが「沖縄」です。安価な肉食が増え、ランチョンミートのような加工肉が登場し、野菜の消費が激減した結果、長寿者の健康ぶりに対して、若年層が様々な健康被害を受けているといいます。特に消化器や腸の疾患が急増していることも象徴的でしょう。肉が消費され、栄養となるには、必ずビタミン・ミネラルが消費されます。しかし、そこで十分な野菜を食べなければ、ビタミン・ミネラルが欠乏するのは当然のことでしょう。

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「もともとたんぱく質については、日本は肉の代わりに大豆を食べていました。ペリー来航の際に、日本橋にあった料亭『百川』が呈した料理が記されていますが、その食品数は90種類以上でほとんどが植物と魚介類、肉は『鴨』だけでした。大豆はたんぱく質含有率は肉とほぼ同等ながら、脂肪やカロリーなどが少なく、かつビタミン、ミネラルは多い。つまり、納豆と豆腐の味噌汁に青菜と揚げの煮浸しでも「大豆×大豆×大豆×大豆」とビタミンやミネラルを豊富にとりつつ、たんぱく質量も高いスタミナ食といえます。これを「牛肉と豚肉と鶏肉と羊肉」でやったら、メタボまっしぐらです(笑)」

小泉さんは、そうした和食を支えているのは、世界一とも言える「良質な水」だといいます。水の善し悪しは鉄分量であり、多ければ多いほど酸化しやすく味も体にも悪影響を及ぼします。日本の水に含まれる鉄分は0.1ppm、一方、海外の平均は0.5〜1.0ppm となり、約5〜10倍にも上るそう。

「麹菌は鉄分が多い水と合わせると、化学反応を起こしてピンク色に染まります。出汁も、お酒も、お茶も、豆腐も蕎麦も、水が良いからこそおいしくいただけます。酸化しにくい水であることが、日本人の長寿を支えているといえるでしょう」

そして、海外のものに目を向ける以上に、日本の食文化の豊かさや素晴らしさを改めて見直すことの重要性について語り、「ぜひとも、私たちが日本で培ってきた食の知恵を上手に活用し、次世代に引き継いでいきましょう」とまとめました。