2016.6.3 金曜日

細菌とともに生きている私 〜「マイクロバイオーム」の不思議な働き〜


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「人間は人間だけの能力で生きているわけではない」と聞いたら、どう思いますか?それも人体に棲む「細菌たち」が私たちの生理機能のコントロールを担い、身体だけでなく、脳や精神、心にまで影響を及ぼすとしたら…。そうした体内微生物のネットワーク「マイクロバイオーム」の不思議な働きと近年の研究について紹介します。

私たちの体に棲む細菌の生態系
「マイクロバイオーム」とは?

細菌というと「人間の体に悪いもの、排除するもの」として扱われがち。しかし、ここ10年ほどの研究で、体内には大量の細菌が棲息し、それらが私たちの生命と健康の維持に大きな役割を果たしていることが分かってきました。その数はなんと、私たち自身の細胞の10倍以上、容積にして2リットル。それらが、腸内や皮膚、生殖器、口などにも存在し、複雑なネットワークを構成しているのです。この微生物の生態系は「マイクロバイオーム」と呼ばれ、その働きや関連性について研究が進められています。

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もとは数十年前に、動物の腸での消化とビタミンの生産に関する研究によって「腸に棲む細菌がその宿主の健康を支えているのでは?」という着想を得たのが始まりと言われています。その後、1980年代には人体の細胞に必要なビタミンB12を体内合成するための酵素は細菌にしか合成できないことが判明し、その他にも、消化や影響吸収などに細菌が重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。私たちは細菌がいるからこそ、様々な食べ物から効率的に栄養を摂ることができると言っても過言ではないのです。

そうした研究を通じて “悪者”と思われていた菌の利点が判明したものもあります。その代表格が「ピロリ菌」でしょう。胃酸分泌を抑制するために潰瘍の原因として長らく排除の対象となってきましたが、近年では食欲を抑制するグレリンというホルモン生成に大きく関与していることがわかってきました。まだ明確な因果関係まで突き止められてはいないものの、肥満をもたらす原因として「影響は小さくない」と考えられています。

他にも「働きが不明の細菌」はまだまだ膨大に存在すると考えられ、分かっているものだけでも、免疫のバランスを保ったり、人細胞の成熟化に必須であったり、感染症の防止に役立ったり、人間の恒常性や健康維持に不可欠であることが明らかになってきています。逆にこれらのマイクロバイオームが乱れると、そのまま病気や不調に直結します。たとえば、口腔細菌の乱れは歯周病に、腸内細菌の乱れは潰瘍性大腸炎やアレルギーに関与していることは容易に想像ができるでしょう。

人によってまったく違う!?
研究が進む「第二のゲノム解析」

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ちなみに、菌そのものの種類や割合については、どんな人にも合う「この形がベスト」という黄金比があるわけではありません。ある部分は人種によって特徴的に共通しており、ある部分は同じ生活環境にある一卵性双生児ですら違うほど、大変に個別的です。また、一度獲得した「マイクロバイオーム」は一生を通じて大きく変化しにくいと言われながらも、食事の変化や服薬、その他感通う要因によって激変するとも言われています。

特に近年では菌ごとの比較ではなく、「マイクロバイオーム全体の遺伝子」を解析する手法が注目されています。それによると、菌の種類が異なっていても遺伝子組成は人によってほぼ同じ、つまり、体内細菌の種類が異なっていても全体としての機能はほぼ共通していることなどが分かってきました。しかし、それならなぜ一人ひとりが異なるのか、なぜ影響を受ける人と受けない人がいるのかなど、まだまだ解明すべき謎は多く残されています。

2007年には、米国立衛生研究所(NIH)が消化管にいる微生物のDNA配列を網羅的に解読する「ヒト・マイクロバイオーム・プロジェクト」を立ち上げており、さらに共生する微生物に関する包括的なデータベースの構築を目指して「国際ヒト・マイクロバイオーム・コンソーシアム」や、欧州8カ国産学13期間が参加する「MetaHIT」なども立ち上がっています。

人間の細胞の遺伝子そのものを解析する「ゲノム解析」に加え、「マイクロバイオーム」の遺伝子をまるごと解析する「第二のゲノム解析」研究が進めば、一人ひとりのベストな「マイクロバイオーム」とそのための適切な食事習慣なども分かってくるでしょう。健康に関係する個別化が進み、一人ひとり異なる医療や食事指導などが受けられる「個別化」が実現する時代がくるかもしれません。